☆風景街道「銀の道」 - トピック返信
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中国新聞の山崎さんが、取材
2017年05月30日 06:59

備後国分寺にて説教を聞いているところ、中国新聞の山崎さんが、取材に来てくださ
いました。
こちらから出発する風景を取ってくださり、記事にしてくださるとのことでしたが、
歴史を訪ね歩く道に興味を持っていただき、ご一緒していただく事になりました。午
前中の旅、神辺から、竹尋までの間、をご一緒していただきました。山崎さんにも、
互桟注10㎞の歴史の道歩きを実感していただき、ついには、結構はまっていただき、
写真入りで新聞に掲載していただきました。とてもよかったですね。
また、府中ニュースの〇〇〇さんには、初日素戔嗚神社から、駅家まで概ね7kmを
一緒に歩いていただきました。また、中国新聞折り込み誌のタブロイド判の記者さん
には、出発式に取材に来ていただいております。の今後の記事に期待したいところで
すね。

中国新聞記事の全容

「中国新聞記事の全容

「銀山街道福山一笠岡歩く 沿道住民らマッフ作りへ
 江戸時代に石見銀山大田市)から瀬戸内側に銀を運んだ道をたどる「銀の道を歩くたび」の一行が28日、福山市から笠岡市まで歩いた。道の検証も兼ねて3年かけ、銀山街道の2ルートを踏破した。成果は街道をPRするマップ作りに生かす計画だ。 広島、島根県の沿道住民有志でつくる銀の道広域連携実行委員会が企画した。この日は約20入が、福山市神辺町の国分寺を出発。道しるべや地形などから当時の道も推測しながら、笠岡代言所跡まで約20キロを歩いた。 2015年に、大田市から尾道市まで約150キロを歩いた。昨年からは三次市で分岐して笠岡市に通じる別ルートに挑戦。昨年の府中市までの約4キロに続き、ことしは27、28日で残る約40キロを歩き抜いた。 石見銀山ガイドの会の渋谷次夫さん(67)=大田市=は「銀を運んだ道を多くの人にも歩いてもらえれば」と汗を拭った。 (山崎雄一)  」

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中国新聞の山崎さんが、取材 - 17/05/30 06:59 (さいごくくん)