☆西国街道の旅の「2)長岡京跡(向日市)」
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2)長岡京跡(向日市)
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2017年06月22日 20:58
2)長岡京跡(向日市)
延暦3年(784年)、都が、奈良の平城京から向日市(むこうし)乙訓の地の長岡京に遷されました。その後、平安京へ移されるまでわずか10年の間でした。この地は、京嵐山から続く丘陵地の先端、古くから「乙訓郡長岡村」と呼ばれていました。とくに向日市には、大極殿や朝堂院、内裏など国の重要な諸施設が立ち並んでいました。大極殿は政務や儀式の際、天皇が臨御する場です。瓦ぶきで礎石の上に朱塗りの柱が立つ立派な建物でした。 朝堂院は、大極殿の南側に東西4堂ずつ、あわせて8堂が並び立ち、貴族や役人が勢ぞろいして政治を執り行う場所です。
781年に即位した桓武天皇は、あれこれ政治にまで口を出すようになった仏教勢力の排除を計画。寺院などの勢力が根をはる奈良の地を離れて、心機一転、政治を立て直そうと考えるのです。そして、都は784年、長岡京へと移されます。しかし、この都は洪水や疫病が相次ぎ、僅か10年で移動。794年、ついに平安京へと都が移されました。ちょっと短命でしたね。それにしても、長岡京市に都がなく向日市にあったとは、びっくりです。

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