忘れたくても忘れらない数字がある。
651だ。
ワタシはこの数字に到達するために決死の覚悟をきめて,ことを為すのである。
555 一回目の目覚まし時計が優しく鳴る。ワタシには聞こえなかった。
610 二回目の情熱的なサウンドがワタシのハートをビートする。意識がぼんやり戻ってきた。
615 「今日は大丈夫だ。意識はある。」
しかし敷き布団の下にセットした電気カーペットを,ワタシは心から愛していた。
618 愛するフトンと別れ,
未だ真っ暗で,まったく愛情が感じられない真空のような外の世界に出なければならない理由がわからなかった。
620 最後のベルが鳴る。言い訳は終わり だった。
ワタシは,シッポに火がついたイヌみたいに飛び起き,
まずは全ての暖房器具を作動させ,鏡を見た。
もはや芸術の域となっている個性的な寝グセ頭を見ては,また時計を確認した。
「これなら間に合う」希望の光が見えてきた。
630 なんとか全てのミッションを終了し,いざ車へ。
今のワタシの車の名前は「円丸」(まどかまる)と言った。
薄いみどり色のボディのまどか丸は,
その美しい色を,氷の下に隠していた。
ワタシは,急いでお湯を取りに 戻った。
635 凍結していたのはそれもそのはず。まどか丸の外気温計はマイナス2℃を示していた。
「今冬初の氷点下を確認した」と思って嬉しそうに携帯で写真を撮ってる間に,
フロントガラスにかけた湯が,また凍結していた。
ワタシはまた挫折しそうに なった。
640 凍結したフロントガラスのわずかな隙間から前を確認しつつ,ゆっくり進むまどか丸。
なかなか温風が出ない。
低温粘度10Wのエンジンオイルを使用しているが,今度のオイル交換では5Wオイルを入れる決意をした。
たぶんその時になれば忘れているはずだ。
646 あと5分。5分後にはワタシは無事新幹線の中にいるはずだ。
しかし,ワタシの順風たる進むべき道を,信号機が邪魔をする。
ギリギリ赤信号で止められたワタシの前を1台の軽トラックが横切ってゆく。
ワタシはいい子して止まって待っているのに,軽トラックは自分の時間を進めている。
「こんな不平等なことがあるか!」
ここまで信号制度に疑問を持ったことは無かった。
649 新幹線駅の北口に到着したワタシは,「ピリリリリ…」という電車が到着する音を聞いて,火事から逃げるようにカラダをよじり,無我夢中で 走った。
階段をかけあがり,改札はチケット無しで突破し,とにかく走った。
651 ついにワタシは,6号車6Aに座ることが できた。
BGM〈ヘッドライト・テールライト〉中島みゆき
迫りくる数々の問題 〈かた〜りつぐ〜人もなく〜〉
何度も挫折しそうに なった。
ワタシは言った 〈たたえる歌は 英雄の〜〉
「信念があれば間に合うんだ」
〈旅はまだ 終わらない〜〉
-END-