木曜日の夜のこと。 わたくしは照り焼きチキンを夢中で作っていた。それはもう、自分が照り焼きなのか鳥もも肉が照り焼きなのかわからないほどだった。 そんな、わたくしと鳥もも肉のハートフルでジューシーなひと時に「にゃー、にゃにゃー、もっそふ」と聞こえたのでキッチンの窓を開けて外を見た。 目が合ってしまった。 わたくしは外に出て、猫さんに話しかけた。 「何もないですが、よろしかったらお上がりください」 猫さんはわたくしについてきた。 「どうぞ」という前に玄関を上がり、キッチンへ入ってわたくしが調理中の照り焼きチキンの匂いに興奮気味である。 これを与えるわけにはいかぬ。 照り焼きチキンはわたくしのものだから。 冷蔵庫に入れてあった鰹節をお皿に入れて床に置くとムシャムシャ武者と食べ始めたが、すぐに食べるのをやめ、わたくしの顔をみながら「にゃーにゃー」と仰る。 「どうなさいましたか」と低い体勢になりましたところ、猫さんがわたくしの肩へとよじ登り、わたくしの頭を肉球で揉み始めた。しかもそれはわたくしの頭部に於いて最も頭髪が控えめな部分である。 「気持ちは有難いのですが、そう簡単に増毛するのは難しいですよ」 猫さんの親切を裏切らないよう、差し障りのない言葉でお断りしたのだが、肉球によるモミモミを止めようとしない。 「こんちくしょー」 猫さんは頭皮マッサージをしているのではなかった。 そこからミルクを出そうとしているのである。 それならば一刻も早く止めて頂きたい。 猫さんを肩から下ろし、わたくしは近くのスーパーで特濃4.4牛乳を買ってきた。 猫さんはまだ子どもである。子どもに与えるミルクといえば人肌程度に温めるのが人の世の常である。 頗る快適な温度に温めて猫さんにお出しすると夢中で召し上がっていた。 作りかけの照り焼きチキンはすっかり冷めている。 ミルクを召し上がった猫さんは満足な表情である。しかも眠そうだ。 寝られては困る。ここはわたくしの基地であって、猫さんの基地ではないのだ。 猫さんを外に出した。 「にゃー、にゃにゃにゃーーー、てめえこのやろー、にゃーーー」 玄関のそとでしばらく鳴いていたが、どこかへ行ったようである。 ようやく照り焼きチキンが完成である。 わたくしは夢中になってそれを食べた。 外から聞こえる猫さんの声を完全に無視していた。或は聞こえたような気がしただけかもしれない。 何れにせよそんなことはどうでも良いし、猫さんのことなどすっかり忘れてしまっていた。 仕方のないことなのだ。照り焼きチキンを食べているのだから。 【サックスとfujiborn】 サックスの演奏に慣れてきたらマウスピースを変えてみましょう。自分の持っている音のイメージに近いものをチョイスします。 音楽と宇宙と あなたをつなぐ サウンドトレジャー |