☆風景街道「銀の道」の「大森から箱茂のお松まで」
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大森から箱茂のお松まで
【閲覧数】2,292
2014年05月17日 07:43
大森から箱茂のお松までは、魅力的な町並みのあと、しばらく舗装された道を歩き、三度ばかり山道に入ることになります。
大森は銀山の間歩観光や町並みの観光などに力を入れており、ガイドも充実していますが、銀の道に関しては、関心が薄いきらいがあるようです。
事実、銀の道も山にはいると荒れ放題で、倒木に道を阻まれることが、数多くありました。
はじめの山道で驚いたのもつかの間、次々と倒木が現れます。
跨いだり、潜ったりして通れるうちはよいのですが、最後の山道の出口は、完全に塞がれており、枝を切り、潜り抜けて脱出することができました。
二度目の山道には梅雨左衛門の祠に近い側の道に倒木が…お参りする人は困られていることでしょう

教訓として、携帯用の剪定ばさみ、ノコギリを用意しないと、先に進めないとわかりました。
また、道中、町を外れるとトイレもありません。大森の駐車場で済ませておかなくてはならないかと思います。
また、シーズンによっては、大森の町は郊外へ駐車場を設け、そこからバスで移動ということもあるようです。確認が必要かもしれません。

距離的にはちょうど良く、10時前から歩きはじめ、14時頃到着しました。
ただ、始めにも書いたように、銀の道に関する関心は薄いので、標識は少ないです。特に二番目の山道の出口は反対からでは見過ごすことになるでしょう。
箱茂に至る長い坂道は、大森からだと、だらだら続く舗装された上りです。

蛇、猪、猿、蚋などの虫などに注意を払う必要がありそうです。
猿は帰りの車中から見かけてビックリ
本当にいます

昼食をとる場所ですが、今回は廃墟のようなところの外でいただきましたが、そこは清掃と少ない整備で、街道あるきの人のための休憩所としてすぐにも活用できそうな作りでした。

途中銀山ガイドの方から、銀の道を歩くならぜひ間歩を見てからと勧められましたが、もちろんそれも大切と思いましたが、それから先を考えて、安全に銀の道を歩くための連携した街道整備も重要と感じました。

あれほどガイドの仕組みが整っている大森
銀の道のガイドがないのが不思議でなりません
年齢層が高い方が多いことも要因の一つかと思いますが、健脚な方にぜひ銀の道のガイドもお願いしたいところです。
今、銀の道が広島県側で盛り上がりつつある中、盛んな交流で意識改革をすべきと感じました。

書き込み数は4件です。
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Re: 大森から箱茂のお松まで
【返信元】 大森から箱茂のお松まで
2014年05月21日 22:06
ももたろうさんの ご意見ごもっとも ですが、ちょっと弁解しておきます

<あれほどガイドの仕組みが整っている大森
<銀の道のガイドがないのが不思議でなりません
<年齢層が高い方が多いことも要因の一つかと思いますが、健脚な方にぜひ銀の道のガイドもお願い<したいところです。
 
 大森の人にとっては、銀山街道というと仁摩の鞆ヶ浦道と温泉津の沖泊道が、世界遺産としての位置づけを持つだけに、重要度が高いのです。あちらの整備が優先されるのは、仕方がない面があると思います。でも美郷や飯南の人たちと、交流を深めていけばだんだんと、それこそ「みちは拓けてくる」のではないかな。
Re: 荻原千軒
【返信元】 荻原千軒
2014年05月17日 15:06
これはますます行きたくなってしまいましたね。
あの行事ではずいぶん先になるので、何かの機会があれば、ご一緒します
梅雨左衛門
【返信元】 大森から箱茂のお松まで
2014年05月17日 07:56
下の病気にご利益があるという梅雨左衛門
生たまごをお供えするそうです
実際、お願いしてから、私は膀胱結石が復活することもなく来ています。
次は玉子持参行かなくては。
荻原千軒
【返信元】 大森から箱茂のお松まで
2014年05月17日 07:49
昔は多くの家が軒を連ね賑わったというこの荻原も、今では閑散としたイメージをぬぐえません。
必要とともに時代は移り変わりますが、大森では、ここに限らず、灯籠などか砂岩で作られていることが多く、風化の一途をたどっています
ここ、荻原でも、空き地に放置された灯籠が夢のあとの名残をとどめていました。