スコップを使って穴を掘るのが好きだった。 来月で37歳になるが今でも泥遊びなどは大好きであるから、砂場セットは常備しているのだ。 わたくしにとってのスコップブームのピークは小学校3年生の頃であった。 学校から帰れば庭に穴を掘り、休日ともなれば早朝から畑に穴をひたすら掘るのである。 化石や古代の土器が出てくるのではないかとワクワクしたり、あまりに掘り過ぎて溶岩が噴出した場合には、焦らず水をかけるようにしようと緊急時の対応を思慮したりと、なかなか忙しい小学生だった。 そんな中でわたくしが特に好きだった穴の利用法は、落とし穴だった。 いくつもの落とし穴を掘って実際に自分で嵌ってみるのだが、膝ほどの深さではどうも迫力に欠けると思ったわたくしは、更に深い穴を掘ることにしたのだ。 また、落とし穴の存在をなるべくカモフラージュできるよう、周囲の土の状態に近づけたり雑草を植えるなどして様々な工夫をしたものである。 最終的には、70センチ程の深さの穴の底にナイロンを敷き、そこへ水を注ぎ、穴の上に小枝を十字に渡して新聞紙を乗せて、それから土を盛っていくという「フジオスペシャル落とし穴」というスタイルが完成したのである。 出来上がった落とし穴を少し離れた場所から眺めるのが頗る爽快だった。 さて、こんなに素敵な落とし穴が完成すると誰かに落ちてもらいたくなるのが人情である。 ここは普段から何かと協力してくれる「オカン」に落ちて頂こうと考え、家の中に入るとあいにく母は外出中だった。 そこで登場するのが妹である。 妹に声をかけ、正直者のわたくしは落とし穴を作ったことを妹に自慢しつつ、その落とし穴に落ちてくれと、兄妹特有の命令を言い渡すのである。 妹は嫌がるので「それならジャンケンで負けた者が落ちるとしよう」と言うと快諾してくれた。 こういう時はジャンケンに負けるものである。1度負けたら「今のは練習だ」と言い再度ジャンケンをする。しかし亦も負けてしまった。「あ、最初はグーって言うの忘れとったわ」と、わたくしは尚も勝負し直すのだ。 こうなってくると正直者が卑怯者へと変貌する。 ようやくジャンケンに勝ったわたくしは意気揚々と妹に「落とし穴に落ちる心得」を説明するのである。 ・落とし穴を見ないこと ・落とし穴の存在は知らなかったことにすること ・なるべく楽しそうに歩いて来て嵌ること 妹は見事な演出で歩き、スポーンと落とし穴に落ちた。 体は完全に嵌り穴から出ているのは肩と頭だけである。底に溜めた水は穴の上部付近まで嵩が増して、予想以上に深かった穴に妹は衝撃の色を隠せぬ表情である。 爆笑しているわたくしに「早く救出しろ」と妹は不機嫌に言う。 穴から出て泥水と泥で汚れまくった妹と共に使用後の落とし穴を眺める、「落とし穴の余韻」ともいえる時間が、スコップブームのわたくしを満足に浸らせるのである。 報酬や地位や名誉など全く関係ない。 只々穴を掘りたいという理由だけなのだ。 芸術家にとって、こういった子どもの感覚は頗る重要だとわたくしは常々思索しておるのだ。 そんなわたくし、スコップで穴を掘ることよりも最近は専ら、何かしらを穴に突っ込むことがブームでしゅ。 【サックスとfujiborn】 わたくしの使用楽器 セルマー・スーパーアクション80 デュコフD8 ラ・ヴォーズmidium hard 音楽と宇宙と あなたをつなぐ サウンドトレジャー |