ぽっかりあいたハンパな午後(二時から四時ごろ)、存分に憩える空間が出現する。
その時間帯のソバ屋さんは、オトナの貴賓席。ほの暗い店内は、昼下がりの陽光に包まれて、座った席がカンガルーポケットとなる。メニューの組み立ても自在。むろんソバだけでもいいが、いきなりソバ汁粉でもいい。次に板わさと燗酒でもいい。熱々の鴨南の後に冷酒で、もり一枚をたぐるのもいい。
普通のレストランなら、デザートの後にメインディッシュは注文できない。食堂だって、昼酒の客など歓迎しない。焼き海苔をツマミに一合酒を三十分かけて、のうのうと過ごせるのは、ソバ屋さんだけだ。
ストレイシープを、いつでもかくまってくれる、たそがれ時のソバ屋さんに敬意を表して、「ソ連(ソバ屋好き連)」を結成して十二年になる。腹ごしらえではなく、心ごしらえが会則。シメのソバ湯を飲み干すころには、まるまると、自分が、満ちている。
ソバ屋さん、ありがとう。
(本書より引用)
『杉浦日向子の食・道・楽』(杉浦日向子・著/新潮文庫)を読みました。
冒頭に書かれた杉浦日向子流「正しい酒の呑み方七箇条」にいきなりヤラレタ。
杉浦日向子流「正しい酒の呑み方七箇条」
- 酒の神様に感謝しつつ呑む
- 今日も酒が呑める事に感謝しつつ呑む
- 酒が美味いと思える自分に感謝しつつ呑む
- 理屈をこねず、臨機応変に呑む
- 呑みたい気分に内臓がついて来れなくなった時は便所の神様に一礼して、謹んで軽く吐いてからまた呑む
- 呑みたい気分に身体がついて来れなくなった時はちょっと横になって、寝ながら呑む
- 明日もあるからではなく、今日という1日を満々と満たすべく、だらだらではなく、ていねいに しっかり充分に呑む
スバラシイではないですか。御意にござりまする。杉浦さん、あなたはこの境地に至るまでにいったいどれぐらいアセトアルデヒドを生成されたのでしょうか。あなたに蕎麦屋での憩い方を教えていただき、酒を呑む時の心構えを諭していただいた今、これから老いを迎えようとする私の人生は、しみじみ味わいを深めていけるような気がいたします。思えば齢五十を数えるまでは、椎名誠氏率いる「東ケト会」(東日本何でもケトばす会)に憬れ、いつか一員に加えてはいただけまいかと念願してきた。齢五十を少し過ぎた今、杉浦日向子氏が立ち上げられたという「ソ連」(ソバ屋好き連)の末席を汚させていただきたいと切に願う私である。