フリートウッド・マックやピーター・フランプトンやイーグルスに夢中の学校の連中をひそかに軽蔑し、キャロルや矢沢永吉しか聴かないような、駅にたむろする連中のことは、もっとひそかに、もっと深く軽蔑した。 パンク――俺たちの音楽がやっと生まれたんだ、と思っていた。権威や体制や良識への唾の吐き方を、ジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスやミック・ジョーンズが教えてくれた。 (本書P236「シド・ヴィシャスから遠く離れて」より)
『送り火』(重松清・著/文春文庫)を読みました。 裏表紙の紹介文を引きます。 「昔の親は、家族の幸せを思うとき、何故か自分自身は勘定に入ってなかったんだよねえ…」。女手ひとつで娘を育てた母は言う。そんな母の苦労を知りつつ反発する娘が、かつて家族で行った遊園地で若かりし日の両親に出会う。大切なひとを思い、懸命に生きる人びとのありふれた風景。「親子」「夫婦」のせつない日常を描いた傑作短篇集。
九つの短編が収められている。物語はすべて架空の私鉄線「富士見線」で繰り広げられる。市井の人が織りなす切ない物語。表題となった「送り火」はバスや電車の中で読んではいけません。目が真っ赤になって周りからじろじろ見られてしまいます。 個人的には「シド・ヴィシャスから遠く離れて」が好きです。「パンクは生き方じゃない、死に方だ」なんて台詞にグッときます。
1979年、薬物の過剰摂取により21歳で死亡したシド。夭折したことによって永遠のヒーローになった。 Sid Vicious - My Way |