「これ、誰が持ってきたんだ」 「あたしです」 と大日向が小さく手を挙げる。 「なんですか、あたしのポテトチップスじゃ食べられませんか」 どうしてそんなことを言い出したものやら。 「黒い猫でも白い猫でも、菓子をくれるのはいい猫だ」 大日向はきょとんとした顔になった。 「えっと、周恩来?」 「李登輝だろ」 横から井原が口を挟む。 「蒋介石じゃなかったっけ」 やりとりを聞いて、千反田が無理に笑うようなひきつった表情になった。 「ええと、その、ホー・チ・ミンですよね」 なんとかボケようとしている。悪いことをした。ちなみに俺は本当に忘れていたのだが、話しているうに思い出した。鄧小平だ。 「とにかく、座りましょう」 もっともだ。 (本書P138~P139)
『ふたりの距離の概算』(米澤穂信:著/角川文庫)を読みました。<古典部>シリーズ第5弾です。神山高校を舞台にした人の死なない日常のミステリ。絶好調です。
まずは裏表紙の紹介文を引きます。
春を迎え高校2年生となった奉太郎たちの<古典部>に新入生・大日向友子が仮入部する。千反田えるたちともすぐに馴染んだ大日向だが。ある日、謎の言葉を残し、入部はしないと告げる。部室での千反田との会話が原因のようだが、奉太郎は納得できない。あいつは他人を傷つけるような性格ではない――。奉太郎は、入部締め切り日に開催されたマラソン大会を走りながら、心変わりの真相を推理する! <古典部>シリーズ第5弾!
思い起こせばはじめて米澤さんのミステリに出会ったのは『シャルロットだけはぼくのもの』だった。読み終えてしばらくポカンとしていた。そしてその後、なぜかニヤニヤして、おもむろにもう一度出だしから読み直したものだ。人の死なない日常ミステリというものの面白さにはまった瞬間だった。<古典部>シリーズも第5弾となり、青春小説としての面白みも増してきた。折木奉太郎と千反田えるとの間も前作『遠回りする雛』で接近してきた感がある。『ふたりの距離の概算』とはなんとも思わせぶりな題名ではないか。そしてこのシリーズの良いところは恋愛的要素を微かに漂わせながら、あくまでミステリにこだわっているところだ。 前作を読んで『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン:著)を読むこととなった。今作を読んだ今、『A型の女』(マイクル・Z・リューイン:著)と『死のロングウォーク』(スティーヴン・キング:著)を読みたくなっている。それも猛烈に読みたくなっている。本の海は読み切るにはあまりにも広く、味わい尽くすにはあまりに深い。そして人生は短い。困ったことだ。
余談ですが、この<古典部>シリーズ、アニメ化を機に本のカバーと見紛うほどの太い帯がついていた。今作は普通の帯が付いていると思ったら、なんと・・・、リバーシブルになっている。裏表を入れ替えるとアニメ版カバーという趣向。角川もなかなかやりおるわい、フフフ・・・:-)
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