廊下を折れてしまうその一瞬前で、ふと思いついたように彼がもう一度だけ月子を振り返った。 「そうだ月ちゃん。お願いがあります。今から一つ課題を出すので、卒業までにその答えを僕に下さい」 「――何でしょう」 微笑みながら、秋山が言った。 「もしも子どもにこう聞かれたら、何と答えますか? 『先生、どうして蠅やアブラムシは殺してもいいのに、蝶やとんぼは殺しちゃいけないの?』」 そして人間は? そう続きそうな気がした。 (本書下巻P97より)
『子どもたちは夜と遊ぶ 上・下』(辻村深月・著/講談社文庫)を読みました。
上巻500ページ、下巻563ページの力作です。辻村さんはうまいなぁ。はじめ上巻でばらばらのエピソードをカットバック的に提示しておくことで読者の疑問と興味を引き出しておいて、上巻500ページを読み終える頃には少しずつ疑問が解き明かされて全体像が読者の頭の中で実を結ぶ。おそらく読者はその時点で何らかの推論を持つ。私も犯人「i」の正体についてある推論をたてた。 下巻では怒濤の展開。私のたてた推論は当たっていた。しかし、物語の展開は私の予想を遙かに超えており、予想外の連続。辻村氏のミスディレクションにまんまと嵌ってしまった。これは凄い本です。何度も読み返す人が多いのも頷ける。犯人と謎が分かっていてなお再読に耐えられるミステリ。文句なしに読者のハートを鷲づかみです。 猟奇的な殺人、陰惨な虐待が頻出する話であって、物語の結末も決してハッピーエンドではない。あらすじにまとめれば救いのない話になる。しかし、この温かい読後感はいったい何なのだろう。映画「東京物語」の小津安二郎監督の言葉に「映画は後味勝負」というのがあるそうだ。私は小説も同じだと思う。このあたりに辻村氏の小説のツボがあるように思う。
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