「どんな戦争でも終わらなかった戦争はない。まして今度のは早く終わる。同じ民族の東と西の代理戦争だからな。それに、世界はまだこの間の大戦で疲れている。疲れていないのはマッカーサーぐらいだろう」 と言い、 「戦争が終わった時、すぐ平常の状態に戻れるよう、GHQの協力要請も六分通して四分断るつもりで当たってくれ」 と指示した。 「ドッジの経済安定九原則は、うやむやになると思いますが」 と、正芳は思い切って質問してみた。吉田は、 「その時、君ならどうするか」 と逆に質問した。 「ハイ、私ならそのままに致します」 「それでよかろう」 と吉田は驚くほど大きな声になり、 「この戦争を神風などと言って喜び過ぎんように。商売人が喜ぶのはそれでいいが、政府は小さな国でも大国の矜持を持て。他人の不幸に浮かれることは許さん」 と厳しく言い、正芳は感服した。 (本書P166より)
『茜色の空 哲人政治家・大平正芳の生涯』(辻井喬・著/文春文庫)を読みました。
まずは裏表紙の紹介文を引きます。
スマートとはいえない風貌に「鈍牛」「アーウー」と渾名された訥弁。だが遺した言葉は「環太平洋連帯」「文化の時代」「地域の自主性」等、21世紀の日本を見通していた。青年期から、大蔵官僚として戦後日本の復興に尽くした壮年期、総理大臣の座につくも権力闘争の波に翻弄され壮絶な最期を遂げるまでを描いた長篇小説。
どうやら私は大平正芳という人物を誤解していたようだ。彼がこれほどの知性と洞察力と政治哲学を持つ秀でた政治家だと知らなかったのだ。60年代、70年代の我が国政治の重要局面でこれほど影響力を持った人物であったとは驚きである。私は何も知らず、何も見えていなかった。恥ずかしい限りだ。 ――権力はそれが奉仕する目的に必要な限りその存在が許される―― 大平氏が書きとめたこの言葉は権力者たる者の自戒をこめたものだろうが、逆に政治家として達成すべき目的が見えたとき、それを達成するだけの力を獲得し、力を行使し、国民にとって良い結果に結びつける責任があるという覚悟でもあるのだろう。
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