私は恐る恐るスプーンを握り直すと、皿に残っているゴキブリの下半身(だったように思う)をカレーライスと一緒に掬い取り、口に入れた。目を瞑り、ゆっくりと噛んだ。 くちゅ、と胴体の潰れるのが分かった。カレーの味に何とも云えぬ微妙な苦みが混じった。すかさず飲み込んだ。おぞましいという気持ちも確かに抱いたが、それよりも大きな満足感めいたものがあった。自分の作った料理を食べて、これほど「うまい」と感じたことは一度もなかった。 (本書P76-P77より)
なんと言っても浅田次郎「角筈にて」が良い。読むのはこれが三度目だが、やはり泣いた。バスの中だったが泣いた。志水辰夫「プレーオフ」は軽妙な作品で意外だった。肩すかしを食らった感じ。東野圭吾「超たぬき理論」も意外。愉快な作品で大笑いした。逆に伊集院静「蛍ぶくろ」、北方謙三「岩」、山本文緒「いるか療法」はそれぞれの持ち味たっぷりだ。綾辻行人「特別料理」は反則技だ。私はこの短編を決して忘れることが出来ないだろう。あああぁあ〃〃おぞましいっ! 他はあえて評さず。
それはさておき、作家は小説を書くときどれほど真実性を重視するのだろう。食べ物の味について書くときなどは自分で確認するのだろうか。それとも、想像だけで書いてしまうものなのか。人それぞれなのだろうが、綾辻行人氏はおそらく後者だ。前者かもしれないが、後者であって欲しい。いや後者でなければ困る。その理由は本書に収められた「特別料理」を読んでみていただければ分かります。おえーっ!
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