「女は殺すな。捕らえよ」 追っ手の声が聞こえたからか。前を駆けていた義仲がふりむきざま「巴ッ」と叫んだ。 「死んではならぬ。捕らわれてもならぬ。逃げよッ」 馬はそうそう走れない。もはや敵を迎え撃つより手はなかった。となれば多勢に無勢、千にひとつも勝機はなさそうだ。 それならそれでよい。勇ましく戦って死ぬまでだ。 「いやじゃ、共に戦うッ」 巴は叫び返した。 「女子(おなご)を道連れにしたとあっては武将の名折れ。逃げよ」 「逃げませぬ」 (本書P19より)
『ともえ』(諸田玲子・著/平凡社)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
芭蕉、最晩年の恋を描く時代長篇!! 時空を超えるのは、無償の愛――――最晩年の芭蕉と、運命的に出会った智月尼(ちげつに)との、短くも切実な心の交流。その魂のつながりに、五百年前の巴御前と源義仲の縁(えにし)が美しく絡む。近江と鎌倉を往還する、感動の時代ロマン。
近江を舞台にした芭蕉と智月尼の恋。老いたりといえどなお色香を残す二人の躰のつながりのない恋愛に興味を覚えた。芭蕉と会うだけで、ただ話をするだけで心を浮き立たせる智月尼の純真を描いて妙。 木曽義仲と巴御前、芭蕉と智月尼の二つの物語が時間を越えて交錯するのだが、そのあたりの絡まり合いがやや薄く物足りなさを感じないでもない。 同じく義仲と巴の物語をベースにした時空を越えたミステリー小説として浅倉卓弥氏の『きみの名残を』があるが、物語のおもしろみはそちらに軍配があがる。しかし、なんともいえぬ味わいのある小説でした。
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