その人物は三十七、八で、口髭をたくわえ、中折帽にスネーク・ウッドのステッキを、いつも小脇に抱えていた。 (本書P11より)
さて、『せどり男爵数奇譚』です。まずは裏表紙の紹介文を引きます。 “せどり”(背取、競取)とは、古書業界の用語で、掘り出し物を探しては、安く買ったその本を他の古書店に高く転売することを業とする人を言う。せどり男爵こと笠井菊哉氏が出会う事件の数々。古書の世界に魅入られた人間たちを描く傑作ミステリー。
物語は掘り出しものの古本を安く探しては別のところへ高く転売する仕事(せどり)を生業としている笠井菊哉という男が経験した数奇な事件を、文士である「私」が聞き出すというミステリー仕立ての連作短編小説になっている。登場するのは愛書家、書痴、書狂、ビブリオマニア、まあ何と呼ぼうと要は異常に古書に取り憑かれた人の織り成す物語だ。古書をテーマとした小説で私が好きなのはジョン・ダニングの書いた『死の蔵書』を初めとする古書コレクター刑事クリフ・シリーズとカルロス・ルイス・サフォンの名著『風の影』である。それぞれテイストは違うものの、この『せどり男爵数奇譚』はそれらに優るとも劣らない名著だと思う。古本に対する執着ぶりをこれほど味わい深い六編の物語に仕立て上げる梶山氏の才能は尋常ではない。梶山氏がもう少し長く生きていらっしゃったとしたら、いったいどのような小説を書かれたかと思うと氏の早世が悔やまれてならない。
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