関西に住んでいる阪神ファンには馴染みのあるこの人は、読売TVアナウンサーの脇浜紀子(わきはまのりこ)さん。辛坊治郎さんの相棒として活躍していた「ズームイン!!朝!」のアシスタント時代、タテジマの法被を着てダメ虎をブラウン管の向こうから叱咤激励してくれていた姿が懐かしい。 もともと生粋の神戸っ子で、兵庫県立兵庫高等学校、神戸大学法学部を卒業後、1990年に読売テレビへ入社。アナウンサーではなく一般職を受験したが、一般職の最終面接の後、カメラテストを受けるよう言われて、そのままアナウンサーに採用されたという才女です。1993年には、日本テレビ女性アナウンサー3人衆で結成されたDORAに倣い、植村なおみ・徳山順子(現・村上順子)と3人でNORA」を結成していました..これも懐かしい(笑)。 1995年、「ズームイン!!朝!」の関西地区キャスターを務めていた当時、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)に被災。地震発生時には自宅におり、電話レポートで番組に出演し、部屋がぐちゃぐちゃになった模様をレポートしたことが、その後の人生の転換機となりました。 1999年にアメリカ合衆国南カリフォルニア大学へ社費留学し、コミュニケーションマネジメント修士号を取得。2002年10月、読売テレビに在職しながら大阪大学大学院国際公共政策研究科後期博士課程へ入学。2010年9月に民間放送のあり方を研究対象とした博士論文「地域民間放送の経済分析 -- An Economic Analysis of Local Commercial Broadcasting -- 」を大阪大学へ提出し、博士 (国際公共政策)の学位を取得。読売テレビ現職アナウンサーとしては初となる博士号を取得しました。 そんな雲の上の人と兵庫ニューメディア推進協議会のご縁があって、阪神淡路大震災から東日本大震災までの災害情報体制の検証を行う研究会で、同じグループのメンバーとして共同研究させてもらえることになりました。昨日はその打ち合わせを神戸新聞本社(神戸ハーバーランド)で行いました。 (テレビ局での出世を放棄して)旧態依然としたマスコミの体質を厳しく批判し、報道を通して情報のあり方を考究する彼女の姿は、ジャーナリストの世界のジャンヌダルク。住民主体の地域防災の観点から「情報団」の創設に挑戦する私とは、互いにまったく異なるアプローチかと思えば、ざっくばらんに語り合う中でふたりの理想を融合させることが大きなステップになることがわかりました。 兵庫ニューメディア推進協議会の研究会によるアウトプットは来年はじめ。阪神淡路大震災以降、ここまで積み上げた理論や実践を整理して、来るべく災害に備え減災と復興につながる道筋を、脇浜さんたちとしっかり作り上げていきたいと思います。そこに無念にも災害により星になった人たちのおもいがある限り。 |