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2014年05月17日(土) 

『みんなが嬉しい街おこしを目指して』

第三話「オーナーシェフの悩み」

レストラン開店から1年が経とうとしていたある日、地元の新聞社の女性記者から取材の電話が入った。土生仁巳(はぶ・ひとみ) さんは、経済を身近に感じられるよう、まちづくりを切り口に連載していて、今では毎週の記事を楽しみにしている読者がファンクラブをつくるほどの人気記者。最初に電話を受けた泰子も、偶然そんな読者のひとりだった。メールで届けられた取材の内容を政夫と泰子で検討して、土生さんにはお昼を抜いて午後2時にお店に来てもらうように伝えた。

記事の予定見出しは「地元の素材で日本一の創作ランチ-まちづくりレストラン奮闘記」。とても恥ずかしい!(笑)。土生記者は、政夫のレストランが地域づくり人材のネットワークの拠点のように使われていることを知っていろいろ下調べを行っていた。その中で、ホテル時代のことや地元の新鮮な食材にこだわって芸術のような創作イタリアンを提供し、その素材を支えているのも「夢工房」や「漁労長」というSNSでつなかった地域づくりの仲間たちであることを知り、いても立ってもいられずに取材を申し込んだ次第がきちんと書き込まれていた。

「とても美味しいランチをリーズナブルな値段で出すレストランがある」という噂はも徐々にクチコミで広がっていた。ランチタイムには、満席になることも珍しくなくなった。政夫と泰子だけではとても間に合わないので、ふたりの主婦にパートに入ってもらってなんとかこなしているのが現実だった。自分の作ったランチを楽しみにしてお客さまが来店してくださるのは料理人としては本当に嬉しい。しかし、小さな店ながら満席近くになると、どうしても接客や料理のクオリティが心配になる。ましてや、せっかくお越しになられて、入店できずにお帰りになる方にはお詫びのしようもない気持ちになる。こんな状態だから、土生記者の取材はお断りした方がいいかとも考えたが、泰子がスクラップしていた連載記事を読んでいると、土生記者以外に政夫たちの気持ちを文字にしてくれる人はいないと思いが強くなった。

土生記者は、小さなお嬢さんを持つ小柄なお母さんだった。彼女には遅めの食事になったが、取材前に試食のつもりでお出ししたその日のランチメニューにびっくりするほど感激してくれた。なにより、政夫が調理する際に技をふるった小さな心配りまで見抜いてくれたのはさすがの一言。彼女は明るくかわいいその容姿には似合わず、取材は事前の調査と聞き取りの上で綿密に進められていて、「敏腕記者」という評判に違わぬ的確にポイントをついたものだった。

できあがった記事は、いつもの連載のやさしく包み込むようなトーンで、それでも地域への思いや人とのつながりや支え合いの大切さをしっかりと伝える玉稿に仕上がっていた。レストランの記事はあっという間に評判となり、ランチの予約が殺到するようになった。他の新聞だけでなくテレビ局からも取材の申し込みがあったが、もちろんすべて断った。ランチタイムを11時からと12時半からの二部制にして対応した。しかし、日本一の創作ランチのレストランは、こうしてランチ予約が日本一取りにくい店になってしまった。

飲食業界では、概ね35%程度を原価としてメニューの提供価格を決める。「美味しくてリーズナブルなランチを目玉にしたい」という政夫の思いから、ランチコースの原価は確実に6割を超えていた。また、鮮度が求められる野菜には特にこだわって、朝どれの野菜を「夢工房」に毎日無理を言って届けてもらっていた。よい魚があがる日は、午前5時前に「漁労長」がメールで知らせてくれるので、6時半に港でトロ箱を受け取るのが日課となっていた。その日のメニューは、このようにして入手した新鮮な食材を手にとってみてから決める。それが政夫の流儀だったが、さまざまな経費を算入するといくら忙しくてもランチでは利益を出すことは難しかった。

ランチの価格をあげるという選択肢もあったが、2,000円近い昼食はあまり一般的とは思えない。お昼なので、利益率の高いドリンク、特にアルコールには期待できない。ディナーはよりハイクラスのクオリティで提供するので、価格も高めに設定しており入店客数もさほどこなせない。忙しい割りには、なかなか利益があがらないという悶々とした日々が続いた。

全国規模のフリーペーパーの営業からコンタクトがあり、ディナーメニューを2割引で掲載してみてはと勧められクーポンに二度トライしてみたが、発行直後に利用者が集中し、効果が数週間も続かず、客層があまり良くなくて、利益も出ない上に安くない掲載料を請求される。リスクとリターンのバランスが悪くて、その後のセールスの勧誘は無視するようになった。
また、繁華街の飲食店が協力して「まちなかバル」というイベントを実施し、雰囲気も良くとても賑わっているので参加をお願いしてみたものの、中心街から離れすぎていて回遊性が保てないという理由で断られた。夫婦で夢に描いていたレストランは、現実世界の中で徐々に色あせつつあった。

つづく

この物語は、すべてフィクションです。同姓同名の登場人物がいても、本人に問い合わせはしないでください(笑)

閲覧数575 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/05/17 05:18
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